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名古屋地方裁判所 昭和30年(行)3号 判決

名古屋市中区正木町三丁目四十番地

原告

大村蓄音器工業株式会社

右代表者代表取締役

内藤武夫

右訴訟代理人弁護士

長尾文次郎

長屋多門

区南外堀町六丁目一番地

被告

名古屋中税務署長

佐藤英治

指定代理人検事 宇佐美初男

法務事務官 藤沢茂

大蔵事務官 竹下重人

同 原邦雄

同 野村光司

右当事者間の昭和三十年(行)第三号差押無効確認請求事件につき、当裁判所は次のように判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が訴外大村竜三に対する昭和二十三、四年度個人所得税の滞納処分として昭和二十七年二月九日名古屋市中区正木町三丁目三十九番地宅地百五十坪七合(以下本件土地という)に対しなした差押処分を取消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、

被告は訴外大村竜三に対する昭和二十三、四年度個人所得税の滞納処分として昭和二十七年二月九日本件土地を差押えた。しかし右土地は、当時、登記簿上大村個人の所有名義となつているけれども、事実は原告の所有であつた。即ち原告は昭和二十一年十月、大村より本件土地を譲受けその所有権を取得したものであり、このことは原告より大村を被告として提訴した名古屋地方裁判所昭和三十年(ワ)第六四三号土地所有権移転登記手続請求事件につき、同年六月七日言渡の原告勝訴にかかる確定判決(欠席)の存することによつて明らかであるのみならず、原告は昭和二十二年一月以降営業不振に陥つたので、同年十一月十六日訴外株式会社名古屋鍜工所に本件土地を含む土地、工場建物及び機械類一切を賃貸して休業したのであるが、右賃貸借はその後二回更新され、二回目の昭和二十四年十月十四日には右賃貸借契約更新の公正証書が作成され、該証書には賃貸物件として本件土地の記載があることに徴しても、本件土地が原告の所有たるべぎことは疑いないところである。然るに被告は民法第百七十七条に拠り本件土地につき、原告が所有権移転登記をしていないことを云為するけれども、被告は本件土地が原告の所有であることを確知しておりながら、右登記の欠缺を奇貨として、本件差押をなしたものであるから、該差押は信義に反する違法の処分として取消さるべきである。そこで原告は、さきに右差押処分に対し再調査及び審査請求をしたが、いずれも棄却されたので、本件訴訟を提起するに至つたものである、と述べ、

証拠として甲第一号証の一、二、同第二号証の一乃至三、同第三、四、五、六号証、同第七号証の一乃至三十二、同第八号証の一乃至四、同第九号証の一、二、同第十一、十二、十三号証を提出し、証人吉田真徳、同亀谷義男の各証言を援用し、乙第二号証は不知爾余の乙号各証の成立を認める、と述べた。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

被告が原告主張の原因に基き本件土地を差押えたこと、これに対し原告が再調査次いで審査の各請求をしたが、みな棄却されたので、本訴の提起となつたものであり、この一連の争訟に手続上瑕疵の存しないこと、昭和三十年六月七日原告主張の名古屋地方裁判所昭和三十年(ワ)第六百四十三号土地所有権移転登記手続請求事件につき、原告勝訴の確定判決の言渡のあつたことは認めるが、その余の主張事実を否認し、原告は昭和二十二年九月十九日被告に対し、自己の法人税申告の添附資料として同年六月三十日現在における貸借対照表、財産目録等の決算書類(乙第一号証の一乃至五)を提出しているが、右書類記載の原告所有不動産(土地)の内には本件土地は記載されていないのであつて、このことからしても、本件土地が原告の所有でないことは明らかである。

仮りに本件土地が、右差押当時、原告の所有であつたとしても、不動産に関する物権の得喪変更は登記法の定めるところに従い、登記をなすに非ざれば、これをもつて第三者に対抗し得ないものであり、これを本件にみるに、被告は大村竜三に対する租税債権に基き同人所有名儀の本件土地を差押えたものであり、勿論原告は、当時、右所有権移転登記をしていなかつたものであるから、原告は右所有権の取得を被告に対抗し得ないものと謂わなければならない。

以上の理由により原告の本訴請求は失当である。と述べ

証拠として乙第一号証の一乃至五、同第二、三号証、同第四号証の一、二、同第五号証の一、二、三、を提出し証人大川三郎の証言を援用し、甲第二号証の一、二、三の成立を否認し、同第十一、十二、十三号証は不知、爾余の甲号各証の成立は認める、と述べた。

理由

本件土地がもと訴外大村竜三の所有であつたことは当事者間に争いなく、同人が右土地に対し昭和二十一年十二月十三日受付をもつて昭和二十年七月二十日の売買を原因とする所有権取得の移転登記をなしていることは成立に争いのない甲第一号証の一により認められるところ、大村に対する昭和二十三、四年度個人所得税の滞納処分として、被告が昭和二十七年二月九日本件土地を差押えたこと及び(原告は昭和二十一年十月頃大村より本件土地を譲受けたと主張しているけれども―被告はこの事実を争つている―)右差押当時、原告が本件土地につき大村より所有権移転の登記を受けていないことも当事間に争いない。

ところで原告は本件土地を昭和二十一年十月頃大村より譲受けたと主張するが、証人吉田真徳の証言及び弁論の全趣旨によれば右に譲受けというのは、昭和二十一年十月原告(会社)が設立されるに際し、大村が本件土地を現物出資したから、これに因り原告は右土地の所有権を取得した。このことを指称するものであることが看取される。そこで右現物出資の真否を検討するに、証人吉田真徳は「大村はその所有の土地三筆(本件土地を含む)のほか工場建物機械類を原告(会社)に現物出資し、株式二千四、五百株の割当を受けた」旨証言するが、他の同証人証言部分、成立に争いのない乙第四号証の一、証人大川三郎の証言により真正に成立したものと認められる乙第二号証及び弁論の全趣旨を綜合すると大村は、原告(会社)設立に際し、その所有の不動産のうち名古屋市中区正木町三丁目四十番地宅地百二十三坪七合五勺及び同町三丁目三十九番地所在工場建物百九十九坪八合(木造瓦葺二階建外四棟)を現物出資し、且つ、これら物件に対する公簿上の所有名義を原告に移転変更したことが推認できるのであるから仮りに大村が本件土地をも同時に現物出資したとするならば、何故に、該土地についてはその公簿上の所有名義を原告に変更しなかつたのか、本件に顕われた全立証によつてもその合理的理由を見出し難く、しかも成立に争いのない乙第一号証の一乃至五、証人吉田真徳の証言によると原告は、昭和二十一年十月会社設立後の昭和二十二年度上半期における法人税申告の添付資料として被告に提出している貸借対照表、財産目録記載の原告所有不動産(土地)に本件土地を計上していなかつたことが認められるのみならず以上の事実に弁論の全趣旨殊に本件において原告(会社)の原始定款の顕示なきことを参酌すれば「本件土地は大村より現物出資されたものである」旨の証人吉田真徳の前記証言部分は轍く措信できず他に右現物出資の事実を認めしめるに足る証拠はない。尤も原告が大村竜三を被告として提訴した当庁昭和三十年(ワ)第六四三号土地所有権移転登記手続請求事件につき、同年六月七日原告勝訴の欠席判決(確定ずみ)を得ていることは当事者間に争いないところであるけれども、右確定判決あることの一事により大村が本件土地を、原告主張の如く、現物出資したことを認定することは早計というべきであるから、右の事情もまた前叙認定の妨げとなるものではないしさらに成立に争いのない甲第三号証(原告会社元帳)には本件土地に関する昭和二十二年六月三十日記帳の記載が存するけれども、右記帳者が誰であるかは証人吉田真徳の証言によつても全く不明であるばかりか、原告が昭和二十二年度上半期の法人税申告の添付資料として同年九月十九日に被告に提出した原告(会社)の貸借対照表財産目録である、前記乙第一号証の三、五に記載の原告所有不動産(土地)のうちに本件土地の記載なきことと明らかに齟齬していることに徴すれば甲第三号証の記載中本件土地に関する部分に対してはその信憑性に多分の疑念を禁じ得ない以上、これまた前叙認定を動かすに足りない。

以上の次第で、原告が昭和二十一年十月大村より本件土地の現物出資を受けその所有権を取得したとの事実は、結局、これを認めるに由ないから、右所有権あることを前提とする本訴請求はさらに爾余の点についての判断をなすまでもなく、失当として棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のように判決する。

(裁判官 山内茂克)

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